HOME > 今月のことば

今月のことば

2024年2月

中米ホンジュラスで痛感
   「自他共栄」の重み

中原 淳

ホンジュラスはどんな国?
 ホンジュラスと聞いても多くの皆さんにとっては馴染みの薄い国かもしれません。ホンジュラスは中米のほぼ中央に位置する人口約1000万人、面積は日本の3分の1ほどの国です。私は、この国で特命全権大使として日本の国益を追求しながら、両国の友好関係増進に取り組んでいます。ホンジュラスは来年、日本との国交開設90周年を迎えますが、これまで日本から多くのJICA海外協力隊員が派遣され、小学校の算数教育に日本の教科書を導入して大きな成果を上げるなど、日本に対する感謝の気持ちの強い、とても親日的な国です。

中南米で気づいた自他共栄の重要性
 昨年6月、ホンジュラスを紹介するために出演したNHKの「サラメシ」という番組で、座右の銘を「自他共栄」と書いたことで、このたび皆様との貴重なご縁をいただきました。
 私は嘉納治五郎師範が設立に関わられた兵庫県の灘校の出身で、そこの校是が「精力善用・自他共栄」でした。在学当時は、日本人として当たり前の精神と思っておりましたが、ホンジュラスに来てから「自他共栄」という考え方の持つ重要性に改めて気づかされました。
 中南米の国々を見ていると、政権側が国民全体の利益を必ずしも顧みず、私利私欲に走っているようにみえる例が少なからず見受けられます。前政権の腐敗を厳しく追及して政権につくものの、任期が終わる頃には自分たちが腐敗を追及されていることが珍しくありません。日本も同じではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、中南米の状況は我々日本人の想像の範囲を超えています。例えば、大統領選挙で対立する有力な野党候補を全員逮捕して勝利したり、大臣が自分の役所の予算を懐に入れて国外逃亡してしまったり。ただでさえ限られているリソースを国全体の繁栄のために効率的に使うべき(まさに自他共栄を目指した精力善用)ところが私利私欲に走ってしまい、いつまでたっても国が順調に成長していけないのです。
 こうした事例を目にするうちに、「自他共栄」は世界の中では必ずしも当たり前のことではなく、むしろ日本人一人一人の心の中にこの精神が広く根付いていることで日本では国民全体の繁栄が指向され、それが日本の繁栄に大きく結びついていると痛感するようになりました。
 幸いにもホンジュラスの現政権は、前政権の汚職一掃を掲げて12年ぶりに政権に就き、現在、公約通り腐敗撲滅や治安対策等に積極的に取り組んでいるところですが、「他」の繁栄を「自」と同様に追求するということは、必ずしも簡単なことではなく、日本では長年にわたって形成された文化や教育等によってはじめて国民に共有される精神になっているのだろうと思います。私は海外から日本を見て「自他共栄」の持つ意味に改めて気づかされた次第です。

ホンジュラスの柔道事情
 さてホンジュラスの柔道事情についてもご紹介したいと思います。
 まず、ホンジュラスの柔道連盟会長だったルイス・アロンソ・モラン・セルベジョン氏が、今年度、外国人叙勲で旭日双光章を受章されました。モラン氏は、平成16年にはアテネオリンピックの柔道でホンジュラス代表を務められ、柔道家として、平成18年と19年にホンジュラスの最優秀スポーツ選手に授与される「ホンジュラスオリンピック委員会年間最優秀スポーツ選手賞」を受賞したほか、平成24年には中米地域で柔道を最も普及・発展させた功労者の一人として国際柔道連盟から表彰されました。また、平成20年から13年間にわたりホンジュラス柔道連盟の会長を務め、退任後も理事として柔道の普及活動を積極的に行い、柔道の魅力発信を通じて、日本とホンジュラスの友好親善及び対日理解の促進にご尽力されました。また、その間ホンジュラスのみにとどまらず、中米カリブ地域全体での柔道の振興やネットワーク化にも尽力されました。
 こうしたモラン氏の努力もあり、ホンジュラスでは現在でも柔道が各地で学ばれており、毎年11月に日本文化を紹介するために開かれているジャパン・フェスティバルで、昨年は商都サンペトロスーラ、今年は首都テグシガルパの柔道団体による模擬演技が披露され喝采を受けました。また、9月のホンジュラスの独立記念式典では、大統領が見守る中、ホンジュラスの主要なスポーツのうちの一つとして、柔道がデモンストレーションされました。
 今後、ホンジュラスでも柔道の普及等を通じて「自他共栄」の考え方が広がり、国民全体の繁栄が実現されることを私は期待しています。

困難を極める世界情勢の打開を「自他共栄」の精神で!
 大使としての外交官の立場から昨今の世界情勢を鑑みるに、ウクライナ情勢やイスラエル及びガザ情勢等、世界中で価値観が多様化する中で紛争が多発する極めて難しい局面を迎えていると思います。こうした時こそ柔道の中に息づいている「自他共栄」の考え方を世界中の人々と共有することが、こうした諸問題の解決の一助になると考えます。嘉納師範は、柔道は天下の道を学ぶもの、自他共栄を主義とすれば、国際の関係もさらに円満になり、人類全体の福祉も増進することを確信するという趣旨の言葉を遺されております。柔道を世界に広めることの重要性は、単にその競技を広めることのみならず、その考え方が普及することで今後の世界中の人々の幸せに寄与することにつながると確信しております。
      (在ホンジュラス特命全権大使)

最新記事