尽己竢成(おのれをつくしてなるをまつ)とは
大意:
自分の全精力を尽くして努力した上で、成功・成就を期待すべきである。
力を尽くし切っていないのに失敗を運のせいにしてはいけない。幸運を望む前に、まず自分の力を尽くせ。
また、失敗した不運を嘆いて努力を止めてはならない。さらに勤勉と辛抱を怠らず、成就を待て。
成功者は、努力の限りを尽くした結果、自身の運命を拓き得たのである。
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己を尽くして成るを竢(まつ)つ ということは、世に処し、事を成さんとするにあたりて、最も切要なる訓戒なり。(略)
成功とは、材能と運命と相俟(あいま)ちてはじめて生ずるものにして、いかに卓越なる材能 存するも、運命にして全然 非ならんか、成功するを得ざるなり。又、いかに幸福なる運命に遭遇するも、材能にして全然 欠くるあらんか、成功あるを得ざるべし。(略)
然るに〔しかし〕世にはこの両者の関係を明らかにさせるより、往々(おうおう) 極端の弊害に陥り、一生を誤る者あり。注意せざるべからず。卓識敏材の人にして、運命と成功との関係に注意せざる者には、頻(しき)りに成功をあせり、己の智力を窮(きわ)め 材力を尽し、一挙にして大事業を就さんとする者あり。しかし、事は成るべき日の来たるにあらざれば、成るものにあらず。而して、彼らは予期のごとくに成就するを得ざるを見るや、人事(じんじ) 意のごとく成らざるを慨(がい)し〔なげき〕、すぐに反対の極端に奔(はし)り、人間 万事一に運命に支配せらるる者となし、又 昔日の熱誠と勤勉とあるなく、自棄して終わるものあり。
また、凡庸の人にして、事を試みて成らざる時は、自己の材能が拙劣にして事をなすに足らざる者と思い、一層進みて材能を錬磨せんことを思わず、自棄して顧みざる者あり。
また、むなしく運命に依頼し、座して天より黄金の振り、地より黄金の湧かんことを望むごとくに、自ら勉(つと)むることをなさざる者あり。
これらは皆、運命に順応し、己を尽くして成るを竢つ の徳なきより生(しょう)ずる過(あやま)ちなり。思わざるべけんや。
要するに、吾人〔私たち〕の取るべき道は、まず己を尽くすにあり。幸運を望むよりは、まず己を責めよ。
人の〔が〕みて以って不運となすところのものは、その実(じつ)、運命の否(ひ)なるにあらず。己を尽くすことの足らざるによることあり。方法に疎漏あり、勤勉に不足あり、素養と準備とに欠陥あり。而して成らざるは、その因由は、命にあらず。人にあり。責〔責任〕は人にありて、而して咎(とが)を命に帰するは、これ誤らずや。
賢者は自己の運命を開拓す、と言い、智者は過(あやま)ちを転じて福となす、と言うは、皆 己を尽くすの結果たるにほかならず。
己を尽くさずして命をいう者は、その実(じつ)、正命にあらず。己を尽くさざれては、いかでか命の命たるを知らんや。
もし、それ己を尽くして、なお成らざるは、これ運命のいまだ我に可ならざるなり。運命、可ならずといえども吾人は決して失望すべきにあらず。沮喪(そそう)〔くじけて元気がなくなること〕すべきにあらず。材能を尽くし、勤勉と忍耐とをもってその成るを竢つべきなり。
吾人は運命の如何(いかん)によって、吾人のなすべき道を廃すべきにあらず。
自棄して幸運を望むは、痴人の夢のみ。(略)
吾人は、幸運にも慢するなく、否運(ひうん)にも沮(はば)むなく、よく勤勉し、よく忍耐しもって成るを竢つべきなり。
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「尽己竢成」嘉納治五郎著『国士』第62号(明治36年)
現代漢字仮名遣いに改めた。
適宜、読みやすいように漢字を改め、平仮名表記にし、句読点を補った。
便宜上、見出しを設けた。
〔 〕内に語句説明を補った。
「己を尽して成るを竢つ」英語訳 Do Your Best and Await the Result